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翻訳って孤独な作業なので、人と会えると楽しいんですよ。

「大変な時期をよく乗り越えてきたなって、自分でも思いますね」向居翻訳事務所代表 向居真一さんはこれまでの人生を振り返り淡々と話す。向居さんの歩んできた人生は決して平坦な道ではなく、おそらく常人では立ち直れない辛酸を経験している。

吹き荒れる逆風の中でも決して歩みを止めない、その困難を乗り越える精神力と行動力。様々な経験によって磨かれた人間性。その心情を詳しく伺いました。

 

170の言語に対応 翻訳という仕事

 

主に翻訳と通訳業をやっています。ある時点から海外のお客様が多くなって、それを機に多言語化しました。

 

それまでは自分ができる英語の仕事だけをやっていたんですが、その時から外注を使うようになりました。

 

今では海外の外注先も200名くらいになりましたね。海外からいろいろな分野、言語の案件を取って、知識のある方に振り分けるといった仕事をしております。

 

――向居さんは翻訳の中でもIT、コンピュータ産業、重工業に特化していますよね。その理由を教えてください

 

翻訳の主な分野として、文芸と産業があります。文芸は本や映画の字幕なんかで、産業は企業の営利活動に付随するすべての文書、データの翻訳です。

 

もともと電子部品の会社で仕事をしていて、機械とか部品にも精通していたし、産業翻訳でも日常会話みたいなのを翻訳しても報酬が少ないので、そういう観点から何をすべきか考えた上で、産業系の中でも工業系に特化しようと思って今のスタイルになりました。

 

語学との出会い

 

――外国語の大学に進学されていますが、語学を学ぼうと思ったきっかけは何ですか?

 

中学校での英語の授業がとにかく面白くて、授業を聞いているだけでほぼ満点を取れていたんですよ。

 

――とんでもない才能ですね…

 

ただ単純に面白かっただけなんですけどね(笑)それで、当時の担任の先生が英語一本でいける進学先を探してくれて。

 

――そして関西外国語短期大学のハワイ学舎へ、ですよね。

 

はい。2年間ハワイで短大に通って、それから枚方の本校に編入して通算4年間英語を勉強しました。

 

それから、コンデンサのメーカーに就職したんですけど、忙しすぎて体調を崩してしまったんです。

 

――そして予備校の講師になったと

 

はい、東京で体を壊して愛媛の実家に帰ったんですけど、何かしなければいけないと思って・・・・。

 

家庭教師の経験はあったので、業種的に近いという理由もあり予備校で勤め始めました。

 

約1年間勤めたんですが、生徒や親御さんなどの対応に追われて、教えることに専念できていないなと思って一旦辞めることにしました。

 

天職

 

退職したその日にハローワークに行って仕事を探していたら、釣り雑誌の記者の募集がありましてその日に電話しました。

 

そしたら試験に来なさいという話になって、次の日に広島で試験を受けたら採用が決まりまして。半年間の広島での研修を終えて愛媛の支局に配属になりました。

 

――向居さんご自身も釣りが趣味なんですよね。

 

そうなんですよ。だからいろんな釣り場を回ったり、仕事が終わったら自分で釣りをして、魚を持って帰って料理したりするのが本当に楽しかったですね。天職でしたね。

 

――天職とまでおっしゃった釣り雑誌の記者をなぜ辞めたんですか?

 

記者の仕事は頑張って一生続けていこうと思っていたんですけど、家業が電気工事の仕事をやっていまして、官公庁の仕事もあり結構手広くやっていたんですよ。

 

それで、そろそろ後継者をという話になって。僕は長男ですから、会社を継げと言われました。かなり悩んだんですけど、やっぱり家を守っていくことも大切だなと思いまして実家を継ぐことにしたんです。苦渋の決断でしたね。

 

突然の訃報

 

そして家業を始めたんですけど、2週間たったくらいで父が急死しましてね。会社もかなり混乱しまして・・・。お客さんの不払いなんかもあったんですけど、30歳そこそこの僕は簡単にあしらわれてしまいましてね。その時はこの業界に幻滅しましたね。

 

職人が6名いたんですけど、私が会社をたたむ意向を伝えると、職人達が自分達で会社を起こしたいという話になったので、お客さんをまわってご挨拶をしました。

 

お客さんは職人達に引き継いでもらって、工具や機材なんかもすべて譲りました。半年間だけ残務処理をして、一旦会社を閉じたんですよ。

 

再出発

 

そのうち、自分で商売をするしかないなという思いになってきました。英会話スクールと塾を始めまして、翻訳の仕事は個人でやるようにしました。

 

塾も英会話も知人の紹介などですぐに軌道に乗って、幼稚園の出張レッスンなども決まり安定してきました。

 

晴天の霹靂

 

ただ、6年くらい経った頃、なぜかウチの会社の近くに暴力団の事務所が来ましてね。ウチにも回覧板を持ってきたついでに世間話なんかをしていくんですよね。

 

そうこうしているうちに、怖い人がウロウロしているから辞めたいと生徒や保護者に言われまして、どんどん生徒が減っていったんです。

 

それに加えて、うちの会社自体も暴力団と付き合いがあるみたいな根も葉もない噂が広がって、幼稚園のレッスンも理由も告げられず契約解除になったんですよ。

 

まあでも、外的要因とはいえそれを対処する力が私になかったことが原因ですよね。結局、生徒も5名しか残らず従業員の給料も払えなくなり、申し訳ないけど辞めてもらい、6年程で閉めることになりました。

 

夜行バスに乗り

 

さすがの僕もショックで、3ヶ月くらいは呆然としていましたよ。この先どうなるのかなって。その時にふと「関西に出よう」と思ったんですよ。思いついたその日に夜行バスで大阪に行きました。

 

それで母校があった枚方に不動産屋を探して、京都の宇治だったらいい物件があるということで、そこに決めました。そこから宇治に8年、神戸に5年で現在に至ります。

 

家系図

 

努力すれば結果が付いてくると思っていたんですけどね、若かったし。人生って頑張った分だけ結果が出るものではないし、自分だけではコントロールできない部分がある気がしたんです。

 

これはダメだなと思ったときに、家系図を作って親族を訪ねてみたんですよ。そうすると、家系的に商売人が多かったんですけど、みんな似たような道を辿っているらしいんですよね。

 

最初は上手くいくけれど最終的に潰れたり、若くして亡くなったりみたいなね。

 

それを聞いて、どこかでこの悪い流れを断ち切らないといけないと思って、自分達で先祖供養をしようということになりまして、お経を買ってきて読むようにしたんです。

 

そんな生活を始めてしばらくしてから、海外のお客さんから連絡が入ったりして、今までとは違う流れになってきたんですよ。

 

見えないけど、自分の先祖が支えてくれている。代わりに営業してくれているような気がしましたね。

そのおかげもあってか、現在は順調です。

 

今後の展開

 

 

――今後はどのような展開を考えているのですか

 

ベースは翻訳通訳でやっていこうと思うんですが、将来的には今の従業員に会社を任せていきたいです。

 

もし、その時に翻訳以外に何かやりたいという話になっても、それは構わないんですよ。私が一番こだわっている部分は、自分の会社を残していくということですね。

 

あとは、現在もやっている留学のコンサルティングも大きくしていきたいし、日本に進出したい海外企業や、逆に海外に進出したい日本企業の支援なんかもしていきたいです。

 

翻訳って孤独な作業なので、人と会えると楽しいんですよ(笑)ですので、誰かと関わるということに重点を置いて仕事をしていきたいと思っています。

 

――そのための課題はありますか?

 

やはりパートナーですね。海外の公的機関とパイプがあったり、海外で事業をしている日本人もたくさん知り合いにいますが、そういう人脈を広げていきたいですね。

 

平生

 

――向居さんが仕事をする上で大切にしていることはありますか?

 

やっぱり一番は約束を守ることですよね。私の仕事は納期が重要なんですが、どんな事情があっても約束を守ることでお客さんにご迷惑をお掛けしないということが大切です。

 

大変な時期を乗り越えてきたと自分でも思っているんですけど、同じように苦しい思いをされている方がたくさんいらっしゃると思うんですよ。

 

そういう方に手を差し伸べられるように、自分と同じだけの苦労や時間を掛けずに問題解決して成功して欲しいという感覚になってきましたね。

 

困った人が相談してくれるような器になっていきたいですね。

 

――その器はどのようにしたら身に付くと思いますか?

 

やっぱり普段の生活の積み重ねですよね。日々の行動なんかが結構人相に出たりするんですよ。やはり魅力的な人っていうのは、毎日の習慣が違ったりします。

 

だから、自分が悪いと思っていることは絶対にしない。小さい事でも見つからなければいいっていう考えはやめて、誠実に生きるということが大切だと思います。あとは感謝ですよね。

 

健康とか、こうして日々生活できていることとか、当たり前に思っていることにも感謝できれば一番いいかなと思いますね。

 

――ありがとうございます。最後にこれから夢を持って生きていこうとする人達に何か一言お願いします。

 

夢を持つというのは素晴らしいことです。けれど、現実って成功する、成功しないで大きく人生が変わってきます。

 

何かしたいことがあるならそれについて徹底的に調査して計画をしっかり立てて、それから実行しないといけないと思いますね。

 

失敗したら心も病んでしまうし、そのまま立ち直れない可能性ももちろんありますから。私は運よく改善できましたけど、やはり挫折感はすごかったんですよ。

 

厳しい時代だと思いますし、人と同じことをやっても成功しない。失敗も結局は自己責任になってくるので、しっかり準備、計画して、情報を集めてから実行されるのがいいかなと思います。

 

 

 

 

編集後記

 

何より伝わってくるのが彼の誠実さ。辛い思い出もあるなかで私の質問に丁寧に答えてくださいました。感謝の心を持ち続ける、自分が苦しかったからこそ、誰かを助けたいという思い。冷静に現実を分析しつつも、成功に向かって進んでいく姿勢に私自身も大変感銘を受けました。

 

 

取材・文 / 森田 総明

写真 / 細川 俊介


向居 真一

向居翻訳事務所
代表

愛媛県松山市生まれ。
関西外国語短期大学ハワイ学舎、関西外国語大学外国語学部英米語科卒業
コンデンサメーカー海外事業部、予備校講師、釣り情報雑誌記者などを経て、1998年愛媛県松山市に向居翻訳事務所設立。
現在は兵庫県神戸市を拠点に事業を行っている。

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